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東京高等裁判所 昭和27年(う)3879号 判決 1953年7月08日

控訴人 原審弁護人

被告人 塩野利子

弁護人 竹沢哲夫

検察官 上田次郎 鯉沼昌三

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、末尾に添付した弁護人竹沢哲夫が差し出した控訴趣意書のとおりである。

第一点について。

日本国憲法第十五条第一項の規定は、公務員を選定し、及びこれを罷免することが、国民の固有の権利であることを宣明したまでのものであつて、同法第十六条の規定に基いて訴願をすることは格別であるが、各国民がすべての公務員を直接且つ自由に選定し、又は罷免し得ることを定めたものではなく、国家公務員である国家地方警察の職員は、国家公務員法の規定に基き、警察法の規定に従つて任命され、又は罷免されるものであり(警察法第三十条、第三十六条第一項参照)なおその服務に際しては、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、職務の遂行に当つては、法令に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従い、全力を挙げてこれに専念しなければならないものである(国家公務員法第九十六条第一項、第九十八条第一項)。ところで、原判決が、被告人がいずれも国家公務員である群馬県北群馬地区警察署長大谷新七、同署勤務警部補安藤子之吉、同署勤務警部笠原武及び同署勤務警部補佐藤徳次方にそれぞれ配布したと認定した各小紙片中に、「外国帝国主義者や売国政府の命令」とあるのは、右小紙片の記載に徴して明らかなように、実は日本国憲法の下において適法に組織された国会が制定した法律及び右憲法の下において適法に組織された内閣又は地方公共団体が制定した政令又は条例、その他それらが処理した行政事務を、故らに誹謗して、そのように呼称しているに過ぎず、結局右小紙片の記載は、その配布を受けた国家公務員に対し適法に組織された政府の命令を拒否し、これらを巧みにサボルことをそそのかしたものであり、従つて政府の活動能率を低下させる怠業的行為をそそのかしたものといわねばならない。然らば、原判決が、原判示事実に対して、国家公務員法第九十八条第五項後段、第百十条第一項第十七号を適用したことはまことに相当であつて、本件は日本国憲法第十五条には何ら直接の関係がなく、同条を云云する論旨は当らないから、採用しない。

同第二点について。

日本国憲法第二十八条が保障している勤労者の団結する権利及び団体交渉その他団体行動をする権利といえども、公共の福祉に反することは許されないものと解せられるが、国家公務員法第九十八条第五項は、警察職員も含めた国家公務員がすでに説明したように、その服務に際しては、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、職務の遂行に当つては、法令に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従い、全力を挙げてこれに専念しなければならないとせられているその職責にかんがみ、同盟罷業、怠業その他の争議行為又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為といつた国民全体の奉仕者たるにふさわしくない行為(国家公務員法第八十二条第三号は国家公務員にこのような非行があつた場合には、これに対して懲戒処分をすることができるものとしている。)をすることを禁じたものであり、又同条第四項は、警察が国民の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の捜査、被疑者の逮捕及び公安の維持に当ることを責務とする(警察法第一条第一項)特殊の任務にかんがみ、これと同様の特殊の任務を有する消防職員らとともに、組合その他の団体を結成し、及びこれに加入することを禁じたものであり、これらはいずれも公共の福祉維持の必要上、憲法第二十八条が保障している権利を制限しているに過ぎないものと認められるから、国家公務員法の右条項をもつて、憲法に違反した無効のものとすることは当らない。従つて、これと異なつた見解に立つた論旨は採用しない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中村光三 判事 河本文夫 判事 鈴木重光)

控訴趣意

第一点原判決は憲法第十五条に違反する。

(1)  原判決が判示している行為は国民の基本的権利の行使憲法第十五条、十二条であつて何ら犯罪ではない。

(2)  もともと、警察官は、国民の公僕として「国民のために人間の自由の理想を保障する日本国憲法の精神に従い」「個人と社会の責任の自覚を通じて、人間の尊敬を最高度に確保し、個人の権利と自由を保護」しなければならず、「警察の活動は、いやしくも日本国憲法の保障する個人の自由及び権利の干渉にわたる等その権能を濫用することになつてはならない」(警察法前文及び第一条)のである。

(3)  而して警察の行動が日本国憲法の精神や、右警察法の規定を犯して、国民の自由と権利をふみにじり一部の者に対する奉仕者となつた場合、その警察の行動を糾弾し、その行動がまちがつていることに対して抗議し、改めるように勧告し、又、これを罷免することは国民個有の権利である。(日本国憲法第十五条第一項第二項)

(4)  しかるに終戦以来の警察の行動はどうであろうか。口に民主化を称えながら「国連協力や治安維持などという美名で」「民族独立のため斗う勇敢な愛国者、労働者を弾圧している」ではないか、占領期間中は政令第三二五号違反の罪名の下に、マツクアーサーの命令の履行が、即ちポ宣言の占領目的の遂行であると独断し、国民の権利と自由をふみにじつて、労働者、農民や民主的組織を弾圧した。その結果、警察の行動はポ宣言に規定する日本の民主化の復活助長化とは逆に大衆運動を抑圧し、凡ゆる集会結社の自由を蹂リンし、労働者の団結権を妨害し、日本軍国主義の復活とは逆に日本の再軍備を促進し、公然と日本を外国に売り渡し、われわれの祖国をアメリカのアジヤ侵略基地化せしめた。かかる警察の行動によつて「連合国」の日本占領目的は、アメリカ一国の占領目的にすりかえられた。かかる警察の行動によつて警察は一部の売国的自由党政府の召使となり、日本国憲法の基本的人権を保障する規定(憲法第三章国民の権利及び義務)は「国家権力」の名の下に公然とふみにじられ、空文化させられた。

(5)  だから国民は本年二月の東大事件の際「…………かかる警察の目に余る人権無視も、この様な破れん恥な警察官たちによつて暴力的になされたことを思い合せればうなつけるものがある。われわれはかような暴力警察に、われわれの治安を任せておくことは出来ない。(昭和二十七年三月十日附朝日新聞「声」記事)とかかる警察の行動を批判するのである。

(6)  だから国民は、占領が終了し、日本の独立が「和解と信頼の条約」によつて回復したといわれる今日においても、占領下以上の屈辱と苦痛の下に、凡ゆる辛酸をなめさせられているのである。

(7)  原判決は結局、かかる暴力的なかかる売国的な、かかる植民地的な警察の行動を是認し、「不断の努力によつて基本的人権を守らん」(憲法第十二条)としてかかる警察の行動を批判し、直に「国民全体に奉仕する公務員」たれと勧告する国民の基本的権利をふみにじるものである。原判決は「国民の自由と権利は裁判所が守る」(裁判所の玄関によく貼つてある)という命題は国民を欺す結果を招くであろう。

(8)  国民の犯すことの出来ない自由と権利の名(特に憲法第十五条)に於いて、かかる原判決は破棄すべきものである。

第二点原判決は憲法第二十八条及び憲法前文に違反する。

(1)  原判決は、判決所為に対し、国家公務員法第九十八条第五項後段、第百十条第一項第十七号を適用した。

(2)  しかし、国家公務員法第九十八条第四項及び第五項は憲法第二十八条に違反する。

(3)  警察官は国家に使用される者で、その労働の対価として賃金を支払われる労働者である。だから警察官は「組合その他の団体を結成し、若しくは結成せず、又はこれに加入し若しくは加入しないことができる」し又「これらの組織を通じて代表者を自から選んでこれを指名し、勤務条件に関し、及びその他社交的厚生的活動を含む適法な目的のため、当局と交渉できる」し、実に「不満を表明し、又は意見を申し出る自由を否定されてはならない」のである。

(4)  このことは警察官が憲法第二八条所定の「勤労者」であるから、憲法が要請し、これを保障する当然の基本的権利である。

(5)  警察職員のこの権利を剥奪することによつて憲法の規定は歪められる結果になる。すなわち、

(イ) 警察は反動的売国的な政府の専制支配の道具にされる。かつて日本の警察制度は日本帝国主義のアジヤ侵略の重要な支柱であつたことは極東軍事裁判においても明らかにされた歴史的な真実である。敗戦後の日本の民主化はまずかかる警察制度の徹底的民主化から遂行されねばならなかつたことは理の当然であり、日本国憲法も、その線に沿つて制定された。しかるに前記第一点でものべたように日本の民主化の方向は終戦後、外国の利益に従つて歪められそれに伴つて、わが国は逆コースの道を進んだ、警察官は団結権、団体交渉権、争議権を剥奪されて低賃金と重労働にあえぎながら、命ぜられるままに日本の労働者、農民、民主的諸団体を弾圧した。そのくせ、彼らの大部分は、日本における被圧迫階級出身であり労働の対価によつてのみ生きる人々なのである。その結果警察官は自らの権利を放棄し、国民の全体に対する奉仕という任務とは逆に一部少数者に属するものとなり、この地位を利用して日本の反動化は押し進められ、日本国憲法は変化せしめられた。

(ロ) 警察は軍国主義復活日本の再軍備化、日本のアジヤ侵略基地化をインペイする手段にされる。警察官から団結権、団交権を剥奪することによつて上部下服の警察機構を作り、治安維持の名の下に、武器を与え、労働者としての意識をマヒさせる結果をもたらす。そしてかかる機構が憲法を無視した再軍備化への道を押し進めるためのインペイ手段に利用されていることは、今や公知の事実である。

従つて警察職員から団結権、団交権、争議権を剥奪することは、憲法第二十八条に違反するのみならず「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めよう」とする憲法前文に違反するものである。

(7)  憲法違反の国家公務員法第九十八条第五項第百十条第一項第十七号を適用した原判決は破棄すべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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